どうも、たみちゃんです。
日本海に浮かぶ総面積33.5km2の小さな島。隠岐諸島の
町海士町(あまちょう)に日本の教育現場に革命を起こ
そうとしているある人物がいます。
その人物はベネッセから講師の仕事をを辞めて、海士町に
移住をした1人の学習塾講師。大辻雄介(おおつじゆうすけ)
さん。
そんな彼が、なんと教える側になろうとは誰も想像できない
驚くべきことだったのです。
彼が現在取り組んでいるのは、新しいカタチの教育の方法です。
インターネットを使った遠隔操作によるライブやチャットによる
授業です。
今回は、そんな大辻雄介のプロフや経歴、新しいカタチの教育とは
について解説していきます。
大辻雄介(おおつじゆうすけ)のプロフや経歴
大辻雄介さんは、兵庫県生まれの現在41歳の方で現在は
隠岐国学習センターで副長を務めておられる方です。
島に移住する際奥さんと一緒に島を訪れていて
結婚されていて奥さんがいることは明らかです。
今でこそ、人を教える側にいる大辻雄介さんは実は
勉強が大嫌いな少年でした。
何しろ中高生の頃は、勉強するのが苦痛で絵を描いてばかりいたそうです。
彼の学校での楽しみは、遊び心で描いた先生の似顔絵を職員室に貼ってもらったり
文化祭のパンフレットの表紙の絵を、描いたりしているときでした。
絵を描くことが好きだった大辻雄介さん、芸大に行きたかったのですが父親や
家族の反対もあったのか、父親の出身校神戸大学を目指したが、残念ながら
彼の能力では、無理で浪人をしています。
大辻さんにとっては、浪人したことが良かったみたいで、勉強嫌いが一変なんと
なんとしても大学に進学したいと予備校で猛勉強したという。
しかし猛勉強のかいもなく、志望する神戸大学にはは入れず慶応大学経済学部に
進学します。
期待に胸弾ませ入学した同大学、彼の性には会わず、テニス部に入り
コミュニケーションをはかろうと努力したが、人間関係が上手く行かない
日々が続いていました。
そこで彼は、予備校時代に学んだ日本史その面白さに興味をいだき必死になって
勉強した経験から、塾講師のアルバイトをはじめました。
彼は大学3年生の就職活動の時、地元関西に帰り予備校の講師になろうと決めていて、
関西を拠点に展開する学習塾株式会社アップに入社します。
アップに入ってからは、講師以外にも生徒を増やすための営業もしなくては
なりませんでしたが水を得たかのごとく働き、自分にはこの仕事があっている
と思うようになりました。
そしてこの会社で現在彼が海士町で行うとしてる、ICT(ネット)を活用しての
授業という自分にしか出来ないという事を見つけたのです。
そのアップで3年間働き、東京の栄光ゼミナールの転職。算数、数学を担当。
教室長としての役割をしていてが、これは自分が目指しているITCを用いいた
ものではないと、仕事のことで関係していたベネッセの方がICTを用いいた授業
スタイルに関心を持ってくれると、ベネッセに転職します。
このベネッセで、ICTを介した遠隔授業を新規事業としてた携わり、遠隔授業の
第一歩が始まってのです。
人は、チャンスがあっても見逃す方が多い。
しかし、大辻雄介さんの場合は大学に現役で進学できず浪人生活を
した事が、転機となったのではないでしょうか?
浪人を経験して来年こそはなんとしても進学すると予備校で猛勉強
勉強嫌いが、学ぶ楽しさを知った瞬間で、その後大学進学。
そこで自分に適しているのは、教える側の方が性にあっていると。
現在、隠岐国学習センターで副長を務めるようになった原点だったと
僕は思えてなりません。
海士町(あまちょう)とはどんな町
海士町は、隠岐諸島の島前三島の一つ・中ノ島に位置する
島根県隠岐郡の町です。
面積は33.5平方キロメートルで世帯数1100で人口2451人の小さな町です。
この海士町を有名にしたのは、2002年に就任した山内道夫町長です。
この山内町長は、大胆な行政改革と地域ブランド創設に取り組み今では
町民約2400人の一割を超える移住民が占めている町として大々的にメディアに
取り上げられました。
この町から、若者の流失をなくすのにはと地場産業のブランド化や、
『仕事を作りに島へ変える』という人材を育てる為にと、県立隠岐島前高等学校
を降り出しに教育革命に取り組みました。
その結果、同高校は都会の進学校も顔lマケするほどのプロジェクトを次々と実施して
現在では、過疎化が進む中人口が増加している町として有名な町なのです。
海士町は都会のような便利さはありませんが、海の恵みや山の恵を活かした郷土の
恵みの地場産業のブランド化や島前高校に興味を抱いた全国方々が今も移住を希望者
が殺到しているみたいですよ。
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大辻雄介の新しい教育とは?
ベネッセで行っていた、ICTを介しての遠隔授業では、
対面授業を出来ないものでした。そこで彼は遠隔授業で
もその場の雰囲気が伝わる、ビデオ画面の授業を採用。
そのことで個別にチャットややり取り、生徒ごとに問題を
変えて解決するという従来にはなかった方法なんです。
更には、島以外の他高校生と、合同で授業を受ける事ができる
新たなカタチの教育の仕方です。
すなわち、この大辻さんが副長を務める学習センターでは、放課後や土日に
小学生から高校生までの幅広い方があついまり、サテライト授業などの遠隔
授業を行ったり、生徒の学力に合わせた個別教材を作成もしています。
もっと言うならば、これまでとは違って、教育、ICT以外に地域という新しい
テーマが加わり、地域ならではのICTを活用した教育を行っています。
現在ネット放送事業は、週1回全国に向けて配信しています。
大辻さんは、2年間この島に住んでみて地域が輝かなければ日本
に未来はないと思い、海士町に限らず、ICTや教育を通じて地域の
問題点を解決したいと言っています。
まとめ
海士町という小さな離島の町に
新たな教育革命をと立ち上がった
大辻雄介さん、彼の事を昔から知っている人は
きっとあの勉強嫌いの大辻が
何故って思ったでしょうね!
それほど、彼を知る人にとっては
驚くべきことだったのです。
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